中学1年生シリーズ　【殴られている姿はおもしろいですか？】　＜第7話＞

男には戦わなければならない

時がある

すべてを守るために命をかけて

なんて

あしたのジョーの主題歌で
歌っていた

そんな日がホントに来るとは

誰かのために戦う！！


そう決戦の日がやってきた

超ビビっている中学1年生のお話

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女子トイレ

保健室

左の壁に面した机にはおばあちゃん先生が座っている。


右に並べられた二つのベットには4人のスケバンが座り、その間には椅子が置かれ上には紙コップ。


まさかお酒は飲んでないよね。


ひとりはスケバン大崎。


もう一人は3年生の泣きボクロが妖艶な先輩スケバン。


残り二人は1年生デビューした女子、ひとりはガッキのクラスの名前知らないやつ、もう一人は私にとって思い出の深いやつ、名前を奥井（仮名）という。


そう前回の続き。


昔馴染みということで、一部の望みをかけて大崎に声をかける。


「新垣さんのことで話がある」


いった途端に目つきが変わったのがわかった、


「なんだテメー」


一部の望みなんて一瞬で宇宙まで飛んでいったな。


大崎がこっちに向かって歩いてくる、その後ろを3人も一緒に。


きたきたきたきた！！


怖い怖い怖い怖い！！


ジャージを着ている私の肩口をギュッと鷲掴みにして保健室をでる。


後ろからはおばあちゃん先生が「やめなさ～い」と止める気がまったくない言葉をかけていた。


オイオイなにそれ！もっとしっかり止めてくれよ。


そのまま向かいの女子トイレ直行便。


怖い、ここから何されるの？


えっ、もしかしてズボン脱がされたりして、スッポンポーンって下半身出されちゃうの？それともエッチなことされちゃうの？　童貞消失？　ワオ！


真剣に考えるおバカ男子。


そういうお店なら楽しめるのがここはリアルだ、殴られるのに決まっている。


タイルでできた床の上に、肩口を鷲掴みした手で投げ飛ばされた。ビビってすっかり体の力が抜けきっていたのでビッターンと手からひざまずいてしまう。


「オイ！テメー正座しろ」


（ビクン）黙って正座。


「なんでテメーが新垣のこと言ってんだよ」


「いや、あの、ちょっと噂で聞いたので」


「テメー関係ねーだろ！」


（今朝考えたように部活の大会のこと言おう）

ビンタは喋っている時にしてはいけません。口の中が切れます。
もしビンタをやむを得ずする時には、歯を食いしばらせてから行いましょう。
できればビンタはしない方が世界平和のためには良いでしょう。

引用元ワニオの経験語録

痛ってー！！

耳がキーンってなっている、キーンって。俺の鼓膜大丈夫か！

切れたよ口の中切れたー！

頬っぺたがジンジン熱くなる、きっと真っ赤になっているなぁ、紅葉のように。



この言い訳、最高だと思ったのに、なんで殴られるの？かわいいビンタならまだしも、手のひらの分厚いところで重いビンタ。

ボビッターンのボは重さです。


一瞬で口の中が鉄の味になる。涙ぐんだ。


と同時にこっちも血の気が引き身体が戦闘モードに！


私はそれなりにケンカの経験があるのでわかる、身の危険を感じたり、頭に血がのぼって相手に憎しみを覚えたりした時、


スーっと全身の血の気が引きながらも身体が熱くなってくる感じ、俗に言うキレルというやつ。


（女ならこの人数でもどうにかなるかな、いや待てよ。俺は何しにここへ来たんだっけ）


もう頭の中が真っ白になって見上げた先に目に入ったのは、奥井が笑っている顔だった。


正座して殴られている私を見て、口を手で隠しクスクス楽しそうに笑っている。


黒目が大きな奥井、笑って細くなった目は真っ黒で印象的。

おもしろいですか？
男が殴られて
涙ぐんでる姿は
笑えますか？


ショックだった

小学3年生の奥井

奥井とは思い出深いと話したが、それは小学3年生の時までさかのぼる。


同じクラスになった。当時の奥井はものすごいデブで、というかむくんだ感じといった方が正しいかもしれない。


顔はかわいいのだが、デブで体を動かすことが全くできず体育の授業も毎回休んでいたし、休み時間のドッジボールもしないで教室にひとりで座っている女の子だった。


みんなから避けられいじめられていたんだ。


私もたいして話したことはなかったが、となりの席になったある時。


突然、奥井が話しかけてきた


「ワニオ君、夜遅くにやっている８チャンの食いしん坊万歳って知っている？」


知っていた！


確か夜の9時50分くらいに放送していた、皆さんも知っていると思います。


子供にとっては遅い時間だったけど、お母さんに「早く寝なさい！」と言われながらも好きで見ていた。


周りの友達は9時には寝ていたらしく、この好きな番組の話をしたくてもする相手がいない、そんな時に奥井が言った。


嬉しくなって
「おう！知っている！俺さ大好きなんだよ、あの美味しそうに食べているのを見るの、それにいろんな地域に行くじゃん」


そんなことがきっかけで、毎日昨日の食いしん坊万歳見た～と話すようになる。時には寝ろ寝ろとうるさいお母さんとけんかしてまで必死に見ていた。あしたの奥井との会話のために。


話してみるといい子、デブだが瘦せればかわいいはずの顔、黒目が大きく笑顔が素敵。


年賀状の交換もした。


そんなある日、奥井が急に学校に来なくなる。

入院をした

学校の先生が言うには、生まれ持って内臓の持病があり、病気で身体がむくんでいて、年齢的に手術ができずにここまで待ってやっと手術ができる。とのこと。


私は何も知らないでデブだとバカにした時もあったし、走れない奥井を笑ったりもしていた。


知らなかったにしても謝りたい。


先生に病院を聞いてお見舞いに行こうとしたけど、子供は入れない病室だと聞き、考えて奥井のお母さんに渡そう。


お母さんにお願いして、お見舞いを用意してちょっとしたカードに「手術頑張れよ！」と書いて奥井の家に向かった。


汚い2階建てアパート。


当時のクラスメイトはほとんど一戸建て自分の部屋もちで、犬小屋のようなあばら家に住んでいる私にとってはとても共感の持てる奥井の自宅。


奥井のお母さんにお見舞いを渡して「いろいろなことごめんなさい」と伝えてほしいとだけ言って帰ってきた。





手術の後も長く入院していたみたいで、学校に復帰したのは半年以上たった頃。


復帰した奥井は！？


見違えるほどに瘦せている、そしてかわいい。

今までみんな奥井のこと相手にしていなかったのに、学校復帰してからはチヤホヤ騒ぎ立て。


生まれ持っての持病と戦うヒロイン、ぶっくぶくのデブから生まれ変わったように美しいスタイルとかわいい顔。


男子からもモテモテ。


当然、私のことなんて眼中にない。


相変わらず体育の授業は休んでいたが、休み時間にはみんなこぞって奥井の周りに集まった。


私も何度か話しかけてみたが、素っ気なく返されるだけ。


しゃべりかたや性格も変わってしまったように感じた。


あの頃の私は、手術前の奥井の笑顔と手術後の奥井の笑顔の違いに戸惑っていたし、手術前の奥井がホントの奥井なんだと信じたかった。


そのまま時がたつ。

それが奥井との思い出。

殴られている俺おもしろいですか？

殴られて、ブチキレ寸前で見上げた先に奥井の笑った顔。


口を手で抑えていたが、大きい黒目が心の底から笑っているよう。


その時に頭で考えていたこと、奥井の手術は持病と言っていた、ということは生まれつきずっと苦しんできたのか、あんなにむくんで遊ぶこともできず、俺たちとは違うガマンした生活を何年も送ってきて、それをバカにされ続け復帰したら手のひらを返したようなみんなの反応。


小３の奥井には想像もできないほど心のダメージがあったに違いない。


何年かぶりに中学で会ったらスケバンになっていたし、あの病気が奥井を変えてしまったのか、病気ではなければこんなにはなっていなかったのだろう。


こんな人になったのは奥井が悪いのではなく病気が悪い。


奥井を睨んでいたがもうやめた。


鉄の味がしたまま、下を向く。


逆に冷静になれた。


「大崎さん、新垣さんをシメるの勘弁してください」


なんでか涙が、タイルの上に正座して女に頭を下げて。


奥井の笑った顔に？　自分の情けなさに？　もう怖くはなかったのに。


どんどん鼻の先っちょが痛くなってきて涙が生成されていく。


下を向いているから、鼻水も垂れてきて、落ちないようにすするけど追いつかない。


涙はどうにかこらえていたが、タイルに涙よりも先に鼻水が落ちる。



「テメー汚ねーなー！
拭けよ！」


私は黙って自分の鼻水をジャージの袖で拭く。


女子トイレのタイルは真っ黒に汚れていてタバコの灰も落ちている、袖は自分の鼻水以上に黒くなって、これをお母さんに洗わせると思うと情けなくてもっと涙が。


また鼻の先が痛くなる、なんで涙があふれると鼻の先が痛くなるのだろう。


違う、涙を我慢しているから痛いんだ、もう泣いちゃおうかなぁ。


もう楽になろう、えーんえーんって泣いちゃおう。


ダメダメ！カッコ悪い！カッコ悪いよ！


歯を食いしばる。それで涙はどうにか止まっているんだ。


涙が落ちてしまうから気は抜かない。


顔を少し上に向けて鼻水は口で受け止めよう。


声が震えないように。

唾をなんども飲み込み、呼吸を落ち着かせて


「新垣　　さん　シメるの　　勘弁して　　ください」


途中途中歯を食いしばって。


自分の想像以上に奥歯を食いしばっているようで、キュッキュッと音がしていた。


大崎は黙ったまま睨んでいる。


もうどうしていいかわからないまま、痛く苦しい時間だけが過ぎて。


その時！

大崎さん

もう勘弁してやったら

黙って見つめていた涙ボクロの3年生スケバンが言う。

同時に

ワニオの下まぶたで

止まっていた

涙が

大きい雫となって

落ちた

つづく

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